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福井地方裁判所 昭和33年(ワ)188号 判決

原告 林倫正

訴訟代理人 国

被告 福井親和貨物自動車合資会社 外一名

主文

被告等は原告に対し金一三万一、九三〇円及び之に対する昭和三三年一月二八日以降右完済迄年五分の金員を支払え

訴訟費用は被告等の負担とする

この判決は原告が金四万円の担保を供するときは仮に執行することができる

事実

原告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求めその請求原因として次のとおり述べた

一、被告斎藤明は、被告福井親和貨物自動車合資会社の被用者で、自動車の運転手として勤務しているところ、昭和三十年八月七日被告会社の自動三輪車(ダイハツの一九五五年型、車輪番号福井六-四五八二号)を運転し、被告会社の事業の執行中、時速約三十粁で幅員二十米余の国道八号線を南進し、福井市井手町八十四番地先にさしかゝつた際、その前方十米位の安全地帯のない電車停留所で、武生新行の電車が停車し、約十名位の乗客が車道上で乗降しているのを発見したが、

二、このような場合被告斎藤明としては、電車乗降客の乗降が終るまで電車の後方で一時停車するか、或は乗降客の妨げとならない時に限り、通行人が電車の蔭から運行自動三輪車の前面へ出てくるような場合に備えて前方左右を注視して通行の安全を確認した上電車の左側を即時停車し得る程度に徐行する等、事故発生を未然に防止する業務上の注意義務があるのに、

三、被告斎藤明は右の措置を怠り、運転速度を僅に減じたのみで電車の右側に接近して進行し、漫然電車を追越そうとした際、その電車の直前を左側から右側に自転車で横断しようとした訴外斎藤京市(当時四十一歳)を運行自動三輪車の直前五米位のところに発見し、狼狽して把手を右に切つたが及ばす、自動三輪車の前部を斎藤京市の自転車に衡突させ、同人をその場に転倒させ、全治一ケ月を要する傷害(右足下腿の挫傷骨折)を与えたもので、これにより斎藤京市は尠くとも一三万一、九三〇円を超える損害を被つた。

四、被書者斎藤京市は、福井郵便局事務員であり、郵便物集配事務に従事中前項記載の被害を受けたもので、このために原告は、被害者斎藤京市に対し、国家公務員災害補償法に基き、療養補償費一万四千百四十六円と障害補償費十六万四千七百円の合計十七万八千八百四十六円を昭和三十三年一月二十七日に支給した。

五、即ち原告は、国家公務員災害補償法第六条により、被害者斎藤京市が被告等に対して有する損書賠償請求権を前項支給額の範囲において取得した。

六、よつて原告は、加害者の被告斎藤明に対しては民法第七〇九条により、使用者の被告福井親和貨物自動車台資会社に対しては民法第七一五条により、前記斎藤が蒙つた損害額に相当する金一三万一千九三〇円および履行遅滞となる補償費を支給した翌日である昭和三十三年一月二十八日以降完済となるまで年五の割合による遅延損害金を請求するものである。

尚前記斎藤京市が蒙つた損害額一三万一、九三〇円並びに原告(所管庁金沢郵便局長)が同訴外人に対し国家公務員災害補償法に基き支給した療養補償費一万四、一四六円及び障害補償費一六万四、七〇〇円の内訳及びその算出の根拠につき原告指定代理人提出の昭和三三年一二月二日附準備書面二、以降のとおり陳述したので茲に右準備書面を引用する(但し同準備書面第二項(一)の(4) の四行目「爾後二〇年間は」とあるを「爾後二〇年間即ち昭和五〇年七月三一日迄は」と、九行目「同三一年七月迄の」とあるを「同三二年三月三一日迄の」と、一〇行目以下「同年八月より一九年間に」とあるを「同年四月一日より昭和五〇年七月三一日迄の間に」と、(三)の末行「人事院規則第七条第三項」とあるを「人事院規則第十六-。第七条第三項」と訂正)

被告の一、二、三、の抗弁に対し次のとおり述べた

一、被告斎藤明は交通取締法規を無視し、停留中の電車の右側を進行したもので被害者斎藤京市が該自動車に気付かなかつたからと言つて過失ありとは言えない。仮りに過失があつたとしても被告斎藤明の過失に比較すれば九牛の一毛に過ぎず被害者の右過失は斟酌さるべきではない

二、郵便課長が被告の言うような言明をしたことはない。右は賠償責任を回避せんとする単なる言い逃れである

三、被害者斎藤京市の身体障害による得べかりし利益の喪失額は通常生ずべき損害で被告等が右損害を予見したか否か、或は予見の能否如何にかゝわらず被告等に賠償責任がある立証として甲第一乃至二三号証を提出し証人斎藤京市(第一回)福岡重彦、笠間外喜雄、稲木真義、和田尊士の各証言を援用し、乙第一号証の成立は不知と述べた

被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として

一、原告の請求原因第一項の事実中自動車の進行速度については争うが、他は全部認める

二、第二項は之を争う

三、第三項中訴外斎藤京市が負傷した事実は之を認めるが、その余の事実は之を争う

四、第四項中斎藤京市が福井郵便局員であることは認めるがその余の事実は不知

五、第五、六項は之を争う

と述べ、

抗弁として仮に被告斎藤明に原告主張の如き過失ありとするも

一、被害者斎藤京市が停車中の電車の直前を左側より右側に自転車で横断しようとしたことは原告の認めるところであるがかゝる危険な行動は交通事故が頻発する昨今に於て厳に慎まねばならない然るに被害者は敢て右の如き危険な行動に出たのであつて、被害者自身にも重大な過失があると言わねばならない。然らば右過失は過失相殺の法理に則り損害額算定にあたり考慮せらるべきである

二、本件事故発生当時、被告会社々長は直に福井郵便局に赴き郵便課長に対し安田火災海上保険株式会社の自動車保険をもつて損害賠償をする旨意思表示したところ同課長は「被害者に対しては共済組合の保険があるから自動車保険を請求してくれなくてもよい、自転車の修理代だけ負担してくれゝばよい」等と申向けたので被告会社は自動軍保険の請求をしなかつた、被告会社は前記課長の軽卒なる発言に因り約定の三〇日間を従過し保険金一〇万円の請求が出来なくなつてしまつた次第で右金一〇万円も過失相殺の法理に従い損害額より控除さるべきである

三、原告は被害者の得べかりし利益として合計金一一万三、一八四円を請求しているが右の如き損害は被告等に於て予見することが出来なかつた損害であり賠償責任なきものである

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

一、被告斎藤明が被告福井親和貨物自動車合資会社に雇われ自動車の運転手としてとして勤務中、昭和三〇年八月七日被告会社の自動三輪車(ダイハツの一九五五年型、車輪番号福井六-四五八二号)を運転して被告会社の事業を執行中、幅員二〇米余の国道八号線を南進し、福井市井手町八四番地先にさしかつた際、その前方一〇米位の安全地帯のない電車停留所で、武生新行電車が停車して約一〇位の乗客が車道上で乗降していたこと、その附近で訴外斎藤京市が右自動車に触れて負傷したこと並に右斉藤が福井郵便局事務員であつたことは当事者間に争がない

二、そして成立に争の無い甲第一乃至六号証の記載と証人斎藤京市(第一、二回)の証言、被告斎藤明本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)及び本件検証の結果を綜合すると、右事故の状況経緯は次のような次第であつたことが認められる、即ち

被告斉藤明は前記自動車を北より南に向い時速約三〇粁で運転して同日午前七時二〇分頃前記停留所附近にさしかゝたが、折柄同停留所に武牛新行の電車が停車しており、約一〇名位の乗客が車道上で乗降していた。そこで被告斉藤運転手は一時停車し右乗降が終るのを待つて電車の左側を通り過ぎるべきであつたのにそれでは遅くなると思い電車の右側を時速二、三粁減じて追越そうとした。ところが丁度その時被害者斎藤京市が右電車の直前を左側から右側に自転車に乗つて道路を横断すべく出て来た。斎藤運転手は前方約五米位のところに右斎藤京市(四一才)が電車の蔭から現われたのを認め、急いでハンドルを右に切つて衝突を避けようとしたが及ばず自動車の前部を右自転車に衝突させ、同人をその場に転倒させ、全治一ケ月を要する傷害(右足下腿の挫傷骨折)を与えたものである。

被告斎藤明の供述中右認定に反する部分は当裁判所之を信用しない。

三  被告斎藤明は自動車運転者として常に事故の発生を起さないよう細心の注意を払うべき業務上の注意義務があることは言うを侯たないところであり、前記のような場合電車乗降客の乗降が終る迄一時停車するか、或は即時停車し得るよう徐行しつゝ、乗降客の妨げとならないよう左右前方に細心の注意を払つて通り過ぎるかの措置をとるべきであるのに之等の措置を怠り電車の右側を追越そうとしたため本件事故の発生を見たもので右は斎藤運転手の重大な過失に基ずくものであることは明かである。

この点に関し被告斉藤明の前記電車の停車していた左側車道が工事中であの場合自動車の通過は出来なかつた旨供述しているが、このような重大なことに付て同被告は本供述以前嘗て陳述した形跡もなく右供述は到底措信し難い。

そうだとすると被告斎藤明は加害者として民法第七〇九条により又被告福井親和貨物自動車合資会社は右斎藤明の使用者として同法第七一五条により被害者斎藤京市の蒙つた損害全部に付之が賠償の責務がある。

四、そこで斎藤京市の蒙つた損害額について検討することにする。

(1)  成立に争なき甲第八、一〇、一二、一四、一六号証の各記証の各記載、また斎藤京市の証言(第一回)並同証言に依り成立を認める同第七、九、一一、一三、一五号証の各記載を綜合すると原告主張のとおり斎藤京市は医療費として合計金一万四、一四六円を支出したことが認められる。

(2)  前記斎藤京市の証言と同証言に依り成立を認める甲第二〇号証を綜合すると原告主張のとおり斎藤京市は通院に要した諸経費として合計金四、六〇〇円を支出したことが認められる。

(3)  成立に争無き甲第一九号証の記載と証人福岡重彦の証言を綜合すると原告主張のとおり斎藤京市は本件事故に基く受傷により現実に勤務しなかつたので受傷しなければ勤務して支給せられていた筈の合計金一万八、四七二円の支給を受けられなかつたものと認められる。

(4)  証人笠間外喜雄並斎藤京市の各証言に依ると斎藤京市は本件受傷により外務職(集配手)から内務職(小使)に転職されたため収入が減つた事実が認められる。そしてその額は笠間証人の証言に依ると原告主張のように合計金一八万九、四二四円となり之をホフマン式計算法により計算すると金九万四、七一二円となりこの金額が受傷のため減つた収人額と認められる。

結局斎藤京市の蒙つた損害額は積極的損害(1) 、(2) 消極的損害(得べかりし利益の喪失)(3) 、(4) の合計額である金一三万一、九三〇円となる。

五、被告は抗弁として次の三点を主張するので遂次検討する。

(1)被告は被害者斎藤京市にも過失ありと主張する。成程電車の直前を横切る場合横切る者に於ても十分注意する必要があろう。斎藤京市はその証言によつても明かなように唯左側(即ち停留中の電車の進む方向)のみ注目していたようであり、若干の落度が認められないこともないが本件のように進行電車の右側から突如自動車が進んで来ることは通常考えられないことであるから深く責むるのは酷と言うべきである。それよりも加害者被告斎藤明の行為こそ厳に責めらるべきである。即ち先きを急いでいるからとか、待つているのが面倒臭いからと言つて故さらに交通法規を無視し若干の減速をした丈けで電車の側を通り抜けようとするが如きは不注意の甚だしきものと言うべく之に比較すれば被害者の過失の如きは問題にならず損害額の算定に付斟酌に値いしない。

(2)  郵便課長が自動車保険の請求をしなくともよいと言つたと言う点に付ては被告会社代表者の供述並に証人中荒江新作の証言中之に副うような部分があるが右は何れも当裁判所之を信用しない。尤も証人稲木真義、和田尊士の証言から本件事故発生当時右自動車保険のことが話題に上つたらしい節が窺えるけれども被告の主張するように自動車保険の請求をしなくともよい旨判然と申向けた事実は認められずその他に確証は無い。然も証人万保晋二の証言、同証言に依り成立を認める乙第一号証の記載によると被告の主張する被告会社と安田火災海上保険株式会社との保険契約に於ては保険金は一応一ケ月以内に請求する定めにはなつているが之に付ては猶予期間もあり、保険金支払義務の消滅時効は商法第六六三条の規定基き二ケ年である事実が認められ、又証人和田尊士の証言並に同証言に依り成立を認める甲第二二、二三号証の各記載によると昭和三〇年九月三〇日金沢郵政局より、和三一年三月二六日福井郵便局長から何れも被告会社宛、本件事故による損害については国家公務員災害補償法に基き被告会社に之が賠償責任がある旨の通知がなされ(右通知は何れも知らない旨被告会社代表者は供述するが措信し難い)又昭和三一年三月頃福井郵便局の係員が被告会社を訪れて右通知書と同旨の申入れを為したに係らず保険金の請求に付ては何等の手も打たなかつた事実及び証人中荒江新作の証言によると昭和三二年夏頃にも福井法務局の係員から被告会社に対し右保険金の受領に付き会社と交渉して見るべき示唆があつたにも拘らず何等之に積極的に協力を見せなかつた事実が認められる。そして之等の一連の事実から推すと被告会社は本件保険金受領の必要並に約定の期限経過後と雖も受領の可能性があることを十分知悉して居り乍ら故らに請求の期限が切れたことに籍口し拱手していたのではないかとも考えられ到底本坑弁も採用出来ない。

(3)  第四項(3) (4) の合計金一一万三、一八四円の被害者斎藤京市の得べかり利益の喪失は被告等に於て予見することが出来なかつたものであるから賠償責任がない旨主張するが受傷者が傷害のため現実に勤務せずそのために勤務していたら支給されていた筈の金員は通常生ずべき損害であり、又同じく受傷者が受傷の結果体力が減退し従来の執務に堪えられなくなり転職を余儀なくされその為め収益の減少を来たした場合には之亦通常生ずべき損害と認むべきであるから前記(3) (4) の斎藤京市の蒙つた得べかりし利益の損失は被告等が予見し得たか否かにかゝわりなく之が賠償責任があり本抗弁も又理由がない。

六、次に前顕甲第七乃至第一六号証の各記載証人斎藤京市の証言並同証言により成立を認むる甲第一七号証、成立に争無き同第一八号証の各記載及び前顕証人福岡重彦の証言を綜合すると原告は福井郵便局事務員斎藤京市が郵便物集配事務に従事中前記被害を受けたので同人に対し国家公務員災害補償法に基き、療養保償費一万四、一四六円と障害補償費一六万四、七〇〇円の合計金一七万八、八一六円を昭和三三年一月二七日に支給した事実が認められる。

七、而して原告は国家公務員災害補償法第六条により被書者斎藤京市が被告等に対して有する損害賠償請求権を前項支給額の範囲において取得したことになるから被告等は原告に対して前記斎藤京市が蒙つた損害額に相当する金一三万一、九三〇円及び履行遅延となる補償費を支給した翌日である昭和三三年一月二八日以降完済迄年五分の割合による遅延損害金の支払を為すべき義務がある。

仍て之を求める原告の本訴は総て正当として認容し訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八九条第九三条本文、仮執行に付同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文雄)

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